鼠径ヘルニアの手術法の一つに、腹腔鏡を使用して手術を行う腹腔鏡下ソケイヘルニア修復術(TAPP法)があり、2025年現在、当院では年間300例前後の鼠径ヘルニアのすべての患者様(2024年度 鼠径ヘルニア296例中296例(100%))にこの手術を行っています。2014年9月よりこれまで主に行っていたクーゲル法に代わる形で開始し、これまでに2550例(2025年6月現在)のTAPP法を行いました。
当院の腹腔鏡下ソケイヘルニア修復術(TAPP法)では、従来から行われている鼠径部を約5cm切開してヘルニアにアプローチする鼠径部切開法(メッシュプラグ法やクーゲル法など)と異なり、まず臍部に5mmの小さな穴をあけ、腹腔鏡を入れてお腹の中からヘルニアを観察します。モニターでヘルニアを直接観察しますので患部にメスを加えることなくヘルニアの種類、大きさ、脱出した腸管などを非常に正確に確認することができます。また患部と反対側の確認もできますので、以前の鼠径部切開法の時のように術後しばらくたって反対側の鼠径ヘルニアが出現してきたなどということもほとんどなく、1度の手術で同じ傷のまま同時に行うことができます。側腹部の2つの5mmの穴から入れた手術器具を外科医が操作して手術をします。
※来院時に実際のメッシュを見ていただけます。
腹腔鏡下手術は、モニターを見ながら、限られた空間の中でメッシュを用いて鼠径部の腹壁の補強を行いますので、鼠径部の解剖(血管や神経走行)の十分な理解が必要であるだけでなく、手術器具を安全・確実に操作し、メッシュを適切に展開するためにややテクニックが必要とされています。
しかし、これまでの鼠径部切開法に比べて傷の大きさが小さいため手術後の疼痛が少なく、整容性に優れ、ヘルニア門を直接観察し確実にメッシュを展開でき、用いるメッシュもしなやかでやわらかいなど利点が鼠径部切開法に比べて非常に多いため、治療法としての良さがゆえに当院ではほとんどの患者様に適用としています。
当院ではこの手術(TAPP法)の所要時間は平均約45~50分です。両側の場合は平均約1時間15~20分です。当院では従来の鼠径部切開法と比べても手術時間も遜色ありません。
鼠径ヘルニアのやや特殊な病態として鼠径ヘルニア再発や前立腺癌術後の鼠径ヘルニアや鼠径ヘルニア嵌頓などがあります。
鼠径ヘルニア再発は以前に受けられた手術法(主にメッシュを用いている場合)がその後の手術に大きく影響し、ケースバイケースで対応しなければならないため一般的に手術難度が高くなります。また、前立腺癌に対して前立腺全摘術を受けられている場合にも、前立腺の直上にある膀胱と鼠径ヘルニアのできる鼠径管が近接しているためにその後の鼠径ヘルニアの手術に大きく影響を与え、手術難度が高くなる傾向にあります。鼠径ヘルニア嵌頓は頻度は高くありませんが、腸閉塞や腸管壊死を併発している場合もあり、単に鼠径ヘルニアを治すだけでなく、腸閉塞を解除するような緊急手術を要することがあります。
当院ではいずれの場合も基本的に腹腔鏡手術(TAPP法)を行っています。
2024年度内訳 | 腹腔鏡下手術 (296例) |
鼠径部切開法 (0例) |
---|---|---|
初発例 | 285 | 0 |
再発例 | 11 | 0 |
前立腺癌術後 | 5 | 0 |
ヘルニア嵌頓(緊急手術) | 5 | 0 |

鼠径ヘルニアの嵌頓では腸管(主に小腸)や内臓脂肪がヘルニア嚢内に脱出してヘルニア門に挟まれ元に戻らなくなった状態になります。
特に腸管の場合には、腸内の流れが遮断されて腸閉塞になる場合や腸管の血行が遮断されると腸管壊死を起こすことがあります。腸管を切除せざるを得ない場合には治療に時間を要する可能性があります。
腸管を温存できた場合も多くの場合、図のように嵌頓を解除した腸管にダメージを追っており、慎重な術後管理が必要となります。
医療機関名称 | 症例数 | |
---|---|---|
新潟 | 立川綜合病院 | 293 |
東京 | 順天堂大学医学部附属順天堂医院 | 310 |
医療法人社団俊和会寺田病院 | 280 | |
埼玉 | 上尾中央総合病院 | 295 |
静岡 | 社会福祉法人聖隷福祉事業団総合病院聖隷浜松病院 | 352 |
静岡市立静岡病院 | 309 | |
愛知 | 日本赤十字社愛知医療センター名古屋第一病院 | 293 |
安城更生病院 | 275 | |
愛知医科大学病院 | 275 | |
広島 | 地方独立行政法人広島市立病院機構広島市立舟入市民病院 | 315 |
福岡 | 医療法人佐田厚生会佐田病院 | 293 |
※調査期間:2023年4月~2024年3月
厚生労働省
令和5年度DPC導入の影響評価に係る調査「退院患者調査」の結果報告について 疾患別手術別集計」より抜粋
※この記事・写真等は、(株)メディコンの許諾を得た上で転載しています。
無断で複製、送信、出版、翻訳等著作権を侵害する一切の行為を禁止します。
以下の従来の方法は当院では現在、標準では行っておりませんので、必要な場合のみ来院時にご説明いたします。
メッシュ - プラグ法
ポリプロピレン製のプラグを筋膜の弱い部分に入れて、ヘルニアの出口を塞ぐ方法です。本邦では広く行われてきました。当院では前立腺癌術後(これも現在は全例、腹腔鏡下鼠径ヘルニア修復術(TAPP)を行います)や鼠径ヘルニア再発の患者さんの一部で腹腔鏡下鼠径ヘルニア修復術(TAPP)が行えないと判断される場合にのみ採用されます。
Kugel法(クーゲル法)
形状維持リングに縁取られたポリプロピレン製の楕円形メッシュで筋膜の弱い部分を内側から覆い、腸などが出てくるのを防ぎます。当院では2014年までは主に行っていましたが、現在は行いません。
マーシー法
鼠径部を切開して筋膜同士を縫い合わせる方法です。この方法は、施設によっては若年女性の方に採用されていますが、当院では腹腔鏡下手術を行っていますので、お気軽にご相談ください。